研究報告 3-2

石岡 亜希子 (いしおか あきこ)
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科

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#報告題目

中国における精神障害者の造形活動―スタジオ空間に着目して

#報告キーワード

精神障害者 / 造形活動 / 組織の美学アプローチ

#報告要旨

本報告は、中国 N 市にある NGO・原生芸術スタジオ(以下、スタジオ)の空間に着目し、そこで人間とモノがどのようなネットワークを結ぶことによって、精神障害者の造形活動 を構成し得ているのか――誰がどう描き、どれが原生芸術と認められ、何が目指されているかなど――を組織論における美学アプローチ1によって読み解くものである。
中国における造形活動は、身体障害者のリハビリのために、都市にある公的な福祉施設 のごく一部で行われているに過ぎない。そうしたなかでスタジオは、精神障害者の自由な 表現を実現する場として中国国内で初めて開設された。NGO は 1995 年の北京女性会議を機に急増しているが、主な活動は環境、貧困、ジェンダーなどに関するものである。従って、原生芸術スタジオのような組織は依然としてレアケースで、注目されるようになった のも過去3年ほどのことである。
楽観的に構えていられないのは、NGO に関する王(2012)や李(2011)の研究が指摘するように、政府との関係や活動の限定性が付きまとうためである。ただし、こういった 問題は他の国にも偏在するものである。注意しなければならないのは、この種の結論が文 字資料とインタビューに依拠して、現地の研究者によって短期間のうちに導かれている点 である。そこで本報告は、参与観察を基にして中国特殊論に陥ることを避けながら、対象 の特徴を焙り出すことを試みる。
スタジオの活動は、メディアや展覧会あるいは視察を通じ、先進的な取り組みとして福祉関係者や一般の人々に参照され、新たな障害者像が共有されていく。問題は、非凡さを 再ステレオタイプ化し、図らずも特殊な存在として周縁に追いやってしまうことである。 その要因として、障害/健常、原生芸術/ファインアートという二項対立的思考を前提としていることが指摘できる。組織の美学アプローチは、そうした二項対立を無効とし、人 間とモノを同等に捉えるものである。そのため、過度な障害者の称揚を退け、矛盾して聞 こえる言説や不便に見えるモノの限定性が、ネットワーク成功のために調整されたものであることが読み取れ、障害とともに生きる精神障害者のリアリティに迫ることが可能となる。
スタジオは、市内の2つの区に1ヶ所ずつ分室(以下、A 区スタジオ、B 区スタジオ) を設置している。なお、定期的に通う利用者の人数は、両スタジオともおよそ 5~6 人だが、 利用者や在室時間は曜日や天候によって異なる。常勤職員(寛解者・利用者家族含む)は 両スタジオに 3 人ずつ配置され、スタジオの代表を務めるアートディレクターG は午後に 不定期で、いずれかのスタジオに出勤する。G の主な業務は1利用者の造形作品や制作状 況について、利用者本人やその家族に対してコメントをすること、2スタジオ職員との会 議、3各種メディアの取材や各方面からの視察者への対応だが、B 区スタジオが省内のモデ ルに指定されていることもあって、出勤回数は A 区スタジオよりも圧倒的に多い。
A 区スタジオはいわばベテランの集まりで、下町にある既存の福祉棟内に設けられた空間 であるため、室内はこぢんまりとしていて使い込まれたモノで構成されている。また、大 半の利用者が一人で通い訪問者も少なく、利用者同士やスタジオ職員との会話のほかに、戸外の生活感のある音声だけが交差する。一方の B 区スタジオはルーキーの集まりで、商 業地区に新たに建設された福祉・医療棟の中に設けられた空間であり、室内は広く見るか らに新しいモノで構成されている。また、利用者の大半が家族に付き添われて通っている ため、利用者・利用者家族・スタジオ職員・棟内の他の活動に参加する者・視察者(十数 ~数十人の団体)の音声が飛び交うばかりでなく、それらの身体が様々な移動を伴うため 視覚変化も大きい。このように 2 つの空間において、人間とモノによって構成されたネッ トワークは全く異なっているが、多くの利用者の表情や言葉から、G とのコミュニケーシ ョンを喜びとしている様子が共通点として観察された。

本報告は博士論文の一部であり、早稲田大学の人を対象とする研究に関する倫理審査委 員会より、研究計画実施の承認(承認番号:2015-338)を得ている。

[註]
経済合理的な動機というロゴスに基づいてのみ行動しているわけではないし、時間厳守というエートスに基づいてのみ行動しているわけでもない。そこに空間と時間があり、多様なアーティファクトが介在して生まれた美学的(感性的)な雰囲気というパトスを味わいながら行動している。(竹中 2014:51)

参考文献
竹中克久 2014「組織における物理的環境についての社会学的アプローチ――空間、風景、アーティファクト――」『明治大学教養論集』通巻 501 号 pp.47-65
李虹艳 2011『非政府组织管理研究』知识产权出版社
王智慧 2012『非营利组织管理』北京大学出版社