研究報告 2-4

平沢 直樹 (ひらさわ なおき)
京都大学大学院 人間・環境学研究科
(共同報告者: A氏)

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#報告要旨:

目的
学校におけるよりよい共生の実現をめざすためには、当事者の立場から行われる教育研究の重要性が認識されることが欠かせない。熊谷(2015)は当事者研究に着目し、「多様な個人を包摂する社会を望むならば、社会性の障害やコミュニケーションの障害というラベリングを少数派に貼りつけて、問題を個人化するのではなく、定型発達者が中心となって構築・再生産している感情規則、社会性、コミュニケーション様式を相対化する視点も必要である」と指摘している。
自己理解や問題発見能力、学校教育に関する知識などが十分に高まった成人の当事者(小学校教員)の視点から、学校で行われている既存のモラル・マナー指導を見直し、非当事者には気づくことが難しい社会的障壁の存在を見出し、その解消に向けて新たなモラル・マナー指導のあり方を提案することを、本研究の目的とする。

方法
苦悩を抱えている当事者が、自らの専門的知識を深め、自らの経験や実践等を分析し、苦悩と向き合う態度の変容について仲間と共に考察する当事者研究の手法を援用する。
当事者*)である調査対象者A氏が、小学校教員として勤務していたときに実際に経験した出来事と、そのときに抱いた「学校で行われている既存のモラル・マナー指導をめぐる課題意識」を、本調査の対象とした。

*A氏は、Disability(診断名:「軽度アスペルガー症候群」)と呼ばれる特性をAbilityとしてうまく生かし、ある特定分野で第一人者となったことにより、極めて高い自己決定感と自己有用感を持つに至った当事者である。学校教育に関する大学院レベルの専門知と、他者に対する一定の発達支援歴を併せ持つ。

本報告者とA氏は、大学院在籍時の同窓生である。本報告者は、A氏から当事者研究のサポート及び本学会大会における代表報告の依頼を受け、それを承諾した。
個人情報保護のための合理的配慮は、当事者の意向を尊重して行う。そのために必要な環境調整等は、大会事務局に相談している。

結果
【他の教職員らに問題視されたA氏の態度】
●「自分の好きなことや得意なことばかりを(笑顔で意欲的に)話し、それ以外のことになると(無愛想で消極的な態度に転じるのが)話し合いに非参加的で気に障る。」
●「せっかくアドバイスをしても、それに全く耳を傾けようとせず、謙虚さが足りない。」
●「いつも職員室からすぐにいなくなるなど、他の教職員のことを避けていて不愉快だ。」
【問題視された態度の背景にある内的事実】
●ワーキングメモリの容量に課題があるため、「見る」「聞く」「反応する(声の強弱、表情の表出、ペーシング等)」「理解する」「考えをまとめる」「発信する」などのタスクを同時処理することに困難を伴う。
●視覚情報(対面する人の「顔」や「姿」などを含む)の制限なしには、情報処理能力の大幅な低下が生じかねない。
●聴覚情報(「周りの職員の世間話」や「他学年の学年会議」などの話し声を含む)の制限なしには、情報処理能力の大幅な低下が生じかねない。
●特定の意思伝達様式の下では、新たな情報を理解する際に、ワーキングメモリの容量の多くを割く必要が生じる。
●一方、ある程度理解している情報を活用することに関しては、高い情報処理能力を持つ。その際は、ワーキングメモリの容量をほとんど割くことはない。

考察
視覚情報と聴覚情報の同時処理に課題があるため、既にインプット済み・十分に予習済みの情報を扱うとき(話題にするとき)と、初めて耳(目)にするような情報を扱うとき(話題にするとき)とで、表出が可能な非言語的コミュニケーションの質や量に大きなギャップが生じてしまうことが、否定的な印象を周囲にもたれやすい原因として考えられた。

結論
学校では、多くの教職員が無自覚なまま、発達障がいと呼ばれる特性を有する子どもたちや同様の特性を有する教職員に対し、不当な評価をもたらしうるモラル・マナー指導が行われている可能性がある。それを改善するためには、当事者が、自らの事情のみならず社会的障壁についてもわかりやすく説明できるようになり、周囲からより肯定的な理解を得られるようになっていく必要がある。

参考文献
●熊谷晋一郎(2015)当事者研究から見た自閉スペクトラム症における感覚過敏・鈍麻の考え方(特集自閉スペクトラム症者における感覚過敏・鈍麻).発達障害研究,37(4),320.