ポスター報告 9

宮澤 明音(みやざわ あかね)
AAR Japan

#報告題目

小学校のバリアフリー化事業の成果と児童の心理的変化の関連の検証

#報告キーワード

IE教育 / 生徒の変化 / 自尊感情

#報告要旨

 国際開発援助分野においては, 開発援助機関(ドナー)からの資金援助を得て事業を実施するという特性から, 事業の成果は援助実施の妥当性や設定された目標に対する短期的な達成度を測定することが中心(JICA, 2004a)であった. 発展途上国におけるIE教育の分野においては, その国の情勢や地理的環境により統一したデータでの比較がしにくい側面から, 数値化しやすい達成度のデータを求めると, 教育を受ける児童本人より, その外的環境といえる教師または施設に対する評価に偏りがちである. しかし, 教育とは決して一過性のものではなく, SDGs(持続可能な開発目標)の掲げる持続可能性の視点からも, 事業が児童の生活や人生に長期的に及ぼす影響にも注目すべきである.

 本稿は当会がタジキスタン国で実施したIE事業により初等学校に通うことが可能になった障がいを持つ児童が, その経験を通じて自信と将来への期待という心理的変化を得たという仮説を立て, 過去に当会が事業を行った事業地の生徒の心理的変化に関する調査を実施し分析したものである.
 学校生活への適応感と生徒の自尊感情と自己効力感との関連については, 高い自尊心・自己効力感を持つことで学校適応度も高くなることにつながるという先行研究はある(富岡, 2013)が, 学校への適応感が自己効力感につながるという逆方向の研究は見られない. ましてや学校のバリアフリー化をきっかけにした生徒の自尊感情と自己効力感の関連に関しての研究は過去の事例が見られないため, 本調査の結果は現場に携わる関係者にとって大変意義のあるものである.
 他国においてIE事業を長年実践している他団体からは, IE教育は障がいを持つ生徒のみならず, 同じ教室で学ぶ障がいを持たない生徒の学力向上にも寄与しているという意見も聞く. そのため, 調査対象をすべての生徒とし, 今回の調査によってなんらかの示唆を得られることを期待している.

 児童への心理的影響を測る概念としては「自尊感情」と「自己効力感」を採用した.
 自尊感情は, 認識された自己に対する評価感情で, 自分自身を基本的に価値あるものとする感覚のことである(Burnett, 1994). 一方, 自己効力感とは, ある行動をきちんと遂行できるかどうかという見通しや予想(Bandura, 1977)のことで, 自己効力感が高いと自分の意志や努力によって将来に展望を持つことができるという研究がある(富岡, 2013).
 指標としては, 児童の心理的変化と学校との関連性を測るため, 江村・大久保(2012)の小学生を対象とした学級適応感尺度を利用した. 自尊感情の尺度にはThe Self-Description QuestionnaireⅠ(自己記述質問票:Marsh, 1988)を使用した. この尺度はすでに富岡によって日本語に翻訳・実施されており, 高い妥当性を示している. また, 自己効力感の尺度には東京家政大学の福井ら(2009)が児童用に標準化した, 安心感とチャレンジ精神の2つの因子で構成された児童用一般性セルフ・エフィカシー尺度を用いた.
 調査は小学校の校長に説明を行ったうえで無記名式で行い, 個人が特定できないように配慮した. また, 文字の読めない生徒に対しては, 現地のNGO団体の協力を得て, 質問票の内容に対し聞き取りで回答を得た.

 結果, 想定したように「学級適応感」と「自尊感情」, 「自己効力感」それぞれの間に有意な正の相関が見られた. また, 「自尊感情」と「先生や友人との関係」との間に有意な正の相関が見られるなど, 学校生活に適応していることと自尊感情との間の関連性を示すものとなった.
 今回の調査は終了した事業の対象者に対して1度のみ行ったものであるため, 結果がバリアフリー化をきっかけとして得られたものなのかどうかを断定するには疑問が残る. より正確性を期すためには事業の前後で同じ対象群に対して調査を実施し, 比較する必要がある. また今回は学業成績との関連の調査を行っていないが, 学業的な達成感をもつことは, 自己の能力における前向きな見通しや積極的な行動特性を示す自己効力感を高めることにもつながる(富岡, 2013)ことから, 学業成績と自尊感情・自己効力感の関連の検証も将来の課題としたい.

<文献>
・国際協力事業団(JICA)企画・評価部評価監理室編(2004a)プロジェクト評価の実践的手法」国際協力出版会
・富岡比呂子(2013)『児童の自己概念と自己効力感 – 学校適応感との関連性について-』創大教育研究, 22, 79-93
・Burnett, P. C. : Self-concept and Self-esteem in Elementary School Children. Psychology in the Schools, 31, 1994, 164―171
・Bandura, A. : Self-efficacy : Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84, 1977, 191―215.
・江村早紀・大久保智生(2012). 小学校における児童の学級への適応感と学校生活との関連―小学生用学級適応感尺度の作成と学級別の検討 – 発達心理学研究, 23(3), 241?251.
・Marsh, H. W.,: Self Description Questionnaire : A theoretical and empirical basis for the measurement of multiple dimensions of preadolescent self-concept : A test manual and a research monograph, 1988, New York : Psychological Corporation.
・福井至・飯島政範・小山繭子・中山ひとみ・小松智賀・小田美穂子・嶋田洋徳・坂野雄二(2009):GSESC-R 児童用一般性セルフ・エフィカシー尺度, こころネット株式会社