ポスター報告 4

SEINO (せいの)
アーティスト

#報告題目

障害者を差別する心を自己覚知へ導く芸術作品

#報告キーワード

芸術 / 障害の社会モデル / 自己覚知

#報告要旨

 報告者は、「芸術とは社会変革である」という芸術概念を持つ芸術家として、また知的障害者の伯母を持つ一人の人間として、①障害のある人の芸術活動支援のあり方について研究する研究者として活動と、②障害者を差別する心へ揺さぶりをかけるための芸術作品を制作するアーティストとしての活動の2つの方向性において研究を続けている。
 本報告では、後者の活動に焦点を絞り、報告者が制作・発表した障害者に無関心な人・差別的な人の偏見する心を自己覚知に導くための社会的効能を持つ芸術作品を取り上げ、この芸術の具体的な研究成果や今後の課題などを報告する。(1)

 2008年6月、グラスゴー市(英国)の芸術複合施設Tramwayにて発表したサウンドインスタレーション作品『Delayed Echolalia』は、障害児・者の遅延性エコラリアに遭遇した健常者の反応から「倫理主義的差別(三村,2010,p126)(2)」を抽出した作品である。
 エコラリアとは、反響言語やオウム返しと訳され、他者の話した言葉の意味を伴わない反復としてその病理性が注目を集めてきた(日本発達心理学会,2010)。エコラリアは、即時性と遅延性の2種類に分けられ、本作品の参考になった遅延性エコラリアは、モデル提示後長時間を経過して表出される言語行動を指す。
 Tramway内に設置された4つのトランペットスピーカーから、報告者が実際に遭遇した遅延性エコラリアを定期的に流し、それぞれのスピーカーの近くに「いつ」、「どこ」で、「誰」による発語であるかをテキストにより提示する展示形態をとった。多くの鑑賞者は、エコラリアを耳にすると、そのフレーズが持つ独特の語調やその場の環境との不一致に大きな笑い声をあげたが、声の主を知った途端、笑った口を押え神妙な面持ちへと変化した。
 障害児・者の発語に対し「笑ってはいけない」という暗黙の倫理は、一体何処から来るのだろうか。スピーカーから聴こえてきたフレーズを純粋に楽しんでいた「笑い」と、そのフレーズが障害者による発語だと知った後の「倫理的沈黙(三村,2010,p126)」の相違を体験した鑑賞者には、「何故笑ってはいけないと思ったのか」という問いが生まれる。本作品は、これらの反応により偏見する心を自己覚知へと導く狙いがある。

 2015年11月、横浜市の芸術複合施設BankART Studio NYKにて発表した映像作品『健康規範眼鏡あります。』(25分) (3)は、障害を治すことを強制される視覚障害者の青年を通し、障害とは何か・健常とは何か、また、障害者とは誰か・健常者とは誰を指すのかを問いかけ、今日の健康至上主義や優生思想による障害を否定的に捉えた「障害の医学モデル」へ一石を投じる作品である。
 科学技術や医学の進歩の恩恵による行き過ぎた健康至上主義は、障害者に対する健康規範の押し付けや障害者と呼ばれることへの恐怖を植え付ける。大きな社会の流れや多数派の価値観にいとも簡単に洗脳される人間は、社会が決定した「境界線」からはみ出した人々に、障害者という属性を着せることで、健常者としての自分に優越感を覚える。本作品は、障害者問題だけに留まらず人類全体の問題を考える上で根源的な課題を示す役割がある。

 尚、本研究は、芸術作品表現とその社会的効能に対する研究であり、その内容も具体的な人物が特定されるようなモデルに協力を要請していない。また、鑑賞者の匿名性も確保しているため、本発表における研究倫理への配慮の必要性は極めて低いと考えられる。

【註】
(1) 本報告と要旨は、報告者の博士学位論文「障害者問題を社会へ広く位置付ける芸術――障害の社会モデルの実践として」(平成27年度東京工芸大学大学院芸術学研究科メディアアート専攻)における「第5章 障害者問題を社会へ広く位置付ける芸術表現」内の「5.1.3 障害とは何か・健常とは何か」、「5.2 芸術は何を揺さぶるべきか――『自己覚知政策』」を再構成した内容である。
(2) 三村は、自らの体験に基づき、吃音者がどもる際に起きる差別してはならないという倫理からの張りつめた「倫理的沈黙」は、「吃ることはいけないことだ」という意識を「吃音者」に植え付ける「倫理主義的差別」だとした(三村,2010,p.126)。これは「吃音者」のみが対象となる差別ではなく、障害者の言動に注視してはならないという暗黙の倫理が、健常者の間に存在していると考えられる。
(3) 本作品については、既にWEB上にて公開している。
https://vimeo.com/147306515
 当日、視覚に特性のある者へ内容の説明をすることを合理的配慮とする。

【引用文献】
日本発達心理学会, 2010, 「発達心理学会第22回『エコラリアの意味を問いただす—発達支援のために—』」, http://www.jsdp.jp/contents/iinkai/group/pdf/devlang2010.pdf, (参照2013-5-23)
三村洋明, 2010, 『反障害原論 —障害問題のパラダイム転換のために—』世界書院