伊東 香純 (いとう かすみ)
立命館大学大学院先端総合学術研究科
#報告題目
障害の心理感情的な側面の社会モデル構築の試みの批判的検討
#報告キーワード
社会モデル / 当事者運動 / 心理感情的
#報告要旨
障害の社会モデルに対する批判の一つとして、障害の心理感情的な(psycho-emotional)側面に十分に注目していないという指摘がある。ウォーターメイヤーとスワルツは、社会モデルは障害の社会政治的な側面に関する主張が主であり、個人の私的、感情的な経験には十分に注目してこなかったと述べる(Watermeyer and Swartz 2008: 599-600)。リーヴは、「障害者差別(disablism)とは、機能障害のある人に対する活動制限の社会的な押しつけと、社会的に生じた心理感情的な福利の破壊を含む社会的な抑圧の形式である」(Thomas 2007: 73)という定義を援用し、障害者差別は構造的な(structural)ものと心理感情的なものの2つに分けられるとする。そして、前者は人ができることに公的なレベルで抑圧的に作用する障壁、後者は人の在り方に私的なレベルで作用する障壁であるとする(Reeve 2015: 100)。このように障害問題の心理感情的な側面は、これまで扱われてきた問題を政治的あるいは公的な領域とした上で、私的な領域の問題として位置づけられてきた。本報告は、障害の心理感情的な側面とされる問題の障害問題の私的な側面としての位置づけの妥当性を批判的に検討することを目的とする。
リーヴは、構造的な障害者差別としてアクセシブルでない職場や情報などを挙げ、障害の心理感情的な側面として「構造的な障害の経験への反応」「他者との社会的相互作用」「内面化された抑圧」の3つを挙げている。中でも内面化された抑圧は、それが心理感情的な福利や人の在り方に影響を与える点でもっとも重要であるとされる(Reeve 2004, 2015: 100)。それらを解決するための方法として言及されているのは、サバイバーズスピークアウトやヒアリングボイスネットワークなどの精神障害をもつ本人たちの組織である。その組織の活動は、他者からの否定的なメッセージや態度への抵抗を助け、肯定的なアイデンティティを作ってきた(Reeve 2015: 102-103)。
ここで構造的な障害者差別とされている問題、障害の社会モデルがこれまで主に焦点を当ててきた問題は、本人のできないことを他者や財で補うことにより解決できる問題であり、それ以外の問題が障害の心理感情的な側面とされていると考えられる。しかし、他者の評価に抵抗する障害者運動は、本人を変える活動というより社会の価値観を問い直す社会運動といえる。このため、障害問題を構造的な側面と心理感情的な側面とに二分し、後者を前者に対して私的な側面として位置づけることは、障害者運動が社会に変更を求めていることが見えにくくなるという問題点がある。これまで障害問題の心理感情的な側面に焦点を当てる試みでは、障害の原因とその解決の仕方、責任の所在が必ずしも分けて考えてこられなかった。現在、心理社会的側面として大きく括られている問題は、より丁寧に分けて考察する必要があるといえる。
なお、本報告は所属研究科の研究倫理セミナーを受講しそれに基づいて倫理的配慮をおこなう。
[文献]
Reeve, Donna, 2004, “Psycho-emotional Dimensions of Disability and the Social Model,” Colin Barnes and Geof Mercer eds. Implementing the Social Model of Disability: Theory and Research, Leeds: The Disability Press, 83-100.
――――, 2015, “Psycho-emotional Disablism in the Lives of People Experiencing Mental Distress,” Helen Spandler, Jill Anderson, and Bob Sapey eds. Madness, Distress and the Politics of Disablement, Bristol: Policy Press, 69-81.
Thomas, Carol, 2007, Sociologies of Disability and Illness: Contested Ideas in Disability Studies and Medical Sociology, Basingstoke: Palgrave Macmillan.
Watermeyer, Brian and Leslie Swartz, 2008, “Conceptialising the Psycho-emotional Aspects of Disability and Impairment: The Distortion of Personal and Phychic Boundaries,” Disability and Society, 23(6): 599-600.