ポスター報告 28

利光 惠子 (としみつ けいこ)
立命館大学生存学研究センター客員研究員

#報告題目

1960年代の日本における障害者への強制不妊手術―神奈川県の場合

#報告キーワード

優生保護法 / 優生手術 / 強制不妊手術

#報告要旨

 日本では、「不良な子孫の出生防止」を目的に掲げた優生保護法(1948年制定、1996年に母体保護法に改定)のもとで、本人の意思にもとづかない不妊手術が行われた。第4条では、遺伝性疾患をもつ人に対して、「公益上必要」な時には、医師が申請し優生保護審査会が認めれば、本人の同意がなくとも強制的に不妊手術を行うことができると定めていた。第12条では、精神病や知的障害のある人に対して、保護義務者の同意と審査会の決定によって不妊手術を行うことを認めていた。
 これらは、戦後の中絶の規制緩和に伴って「逆淘汰」が懸念されたことから必然的に要請された優生政策のひとつであり、戦後復興期と高度経済成長期を通じて医療・福祉政策の一環として実施されたことが明らかにされている(松原 1998)。その具体的な実態については、稲田(1997)、「優生手術に対する謝罪を求める会」(2003)、平田(2004)、利光(2016)等が取り上げているものの、充分な蓄積がなされているとは言いがたい。
 4条と12条に基づく不妊手術の総件数は約1万6500件、その約7割が女性を対象としていた。その推移をみると、全国的には1955~56年をピークに徐々に件数を減らしているが、各都道府県によって随分と異なる様相を示している。手術件数が全国で二番目に多い宮城県では、1950年代中盤以降もむしろ増加し、60年代中盤をピークに70年代初頭まで実施された。利光(2016)は、史料調査および1963年に手術を受けた被害者への半構造化インタビューをもとに、1960年代の宮城県において、知的障害者を対象とした不妊手術が地域ぐるみで精力的に行われていたことを明らかにした。
 本発表では、同じく1960年代の神奈川県における強制不妊手術について、史料調査をもとにその実態に迫る。神奈川県は、12条による手術件数が、他県に比して突出して多いという特徴をもつ。実施件数は60年代に集中している。神奈川県では、1956年に「優生手術費補助規則」を公布し、国庫負担である4条による手術に加えて、12条についても手術費等を補助する仕組みを作っていた。
 「昭和37年度優生保護審査会関係綴」(神奈川県公文書館所蔵)等によれば、昭和37年度(1962年度)は、2か月ごとに計6回の優生保護審査会が開催された。審査会の委員長は神奈川県副知事、委員は神奈川県衛生部長、横浜地方裁判所判事、検察庁次席検事、弁護士、横浜医科大学神経科教授、県医師会長、精神科医、産婦人科医、県立病院院長、民生委員の10人で、民生委員以外全て男性である。
 審査に用いられた書類は、申請医から提出された「優生手術申請書」、「健康診断書」と「遺伝調査書」(12条の場合は、健康診断書のみ)、「検診録」に加えて、全例に両親や夫等による「同意書」と申請医が同意者らから聞き取って作成した詳細な「家系図」が添付されていた。
 優生手術実施が認められたのは38件、そのうち男性4人、女性34人と、約9割が女性であった。また第4条該当は11件、12条は27件であった。優生手術申請の理由とされた病名は、「精神分裂病」14件、「精神薄弱」15件、「精神薄弱兼精神分裂病」2件、「精神薄弱」兼てんかん4件、その他精神病3件(てんかん性精神病、躁病、躁うつ病、各1件)であり、精神疾患と知的障害が対象となっている。各事例を見ると、知的障害児施設入所中の10代の女性達が、「日常生活が自立して行えない。人の見分けがつかず、面識のない人にもまといつき、相手の言いなりになってしまう」「月経の始末もできない」(「申請書」の申請理由記述より)等の理由で優生手術の適応とされていた。また、措置入院の数か月後に優生手術の適応となった「精神分裂症」患者も散見された。
 本発表に用いる資料は、神奈川県公文書館によって、氏名、年令等個人情報に関する部分はマスキングした上で公表されたもので、対象者の匿名性は確保されている。また、表記等は、差別的表現に注意を払いつつも、原則として資料に記載されている表記を用いる。

引用文献
平田勝政,2004,「日本における優生学の障害者教育・福祉への影響―知的障害を中心に」中村満紀男編,『優生学と障害者』明石書店:629-654.
稲田朗子,1997,「断種に関する一考察―優生手術の実態調査から」『九大法学』75:183-225.
松原洋子,1998,「中絶規制緩和と優生政策強化――優生保護法再考」『思想』886:116-136.
利光惠子,2016,『戦後日本における女性障害者への強制的な不妊手術』立命館大学生存学研究センター.
優生手術に対する謝罪を求める会,2003,『優生保護法が犯した罪ー子どもをもつことを奪われた人々の証言』現代書館.