ポスター報告 25

土屋 葉(つちや よう)
愛知大学文学部

渡辺 克典 (わたなべ かつのり)
立命館大学
後藤 悠里 (ごとう ゆり)
名古屋大学
臼井 久実子 (うすい くみこ)
DPI女性障害者ネットワーク
瀬山 紀子 (せやま のりこ)
埼玉県男女共同参画推進センター

#報告題目

障害のある女性の生きづらさ(1)
: 医療・介助場面に焦点化して

#報告キーワード

障害のある女性 / 交差的差別 / 生活史

#報告要旨

【1】背景
 障害のある人は、現在の社会規範が依拠している健常者中心の社会のなかで、いまだに権利が剥奪されている状況にある。これに加えて障害のある女性はさらに困難な状況におかれている。たとえば優生思想に基づく否定的な障害観に加え、伝統的な性役割規範のもとで、結婚・妊娠・出産から遠ざけられ、ときには医療機関から生殖への介入がなされてきたことが指摘されている(Thomas 1997、優生手術に対する謝罪を求める会編2003)。
 2006 年国連において採択された障害者権利条約においても、こうした障害女性の複合差別に言及されている。第6 条「障害のある女性」では、「締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとる」ことが明記されている。
 しかし、日本国内の法律では明文化された規定がなく、2011 年に改正された「障害者基本法」および2013 年に制定された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)においても、「性別」への配慮というかたちで言及されただけであった(瀬山 2014、臼井2016)。

【2】目的
 本報告の目的は、日常生活において障害女性が経験する「生きづらさ」に関する具体的な事例から、とくに医療および介助場面に焦点化して、性別と障害、その他の要素がどのように「複合」しているのかを考察することである。

【3】分析枠組
 複合差別とは、「差別が互いに絡み合い複雑に入り組んでいる状態」であり、単にある差別に別の差別が付加されることを指すのではない。彼女らがおかれている、より複雑な状況を捉えるための分析軸として、すでにフェミニズム論において用いられている交差性(Intersectionality)という概念を用いる(Crenshaw,K. 1991)。この概念は、ブラックフェミニズムと白人の中産階級フェミニズムに対するポスト・コロニアリズムによる批判から形成されたものであり、階級、エスニシティ、性的指向などの次元がお互いに交わり、交差して、女性の生活状況に影響を与えていることを分析することができる(Söder 2009)。つまり「交差性」とは、性差別や人種差別などを個別の問題として扱うのではなく、交差し合うものとして総合的に捉える視点ということになる。本報告の文脈では、障害女性に対する差別をジェンダーという1つの次元で理解するのではなく、彼女らがおかれた複雑な状況を、他のポジショナリティとの交差として捉える。このことにより、障害者差別とそれ以外の差別がどのように相互作用しあっているのかという視点からの分析が可能となる。

【4】方法
 質問紙調査などの量的調査では、周縁化された障害女性の有する問題は数として表れにくい。また仮説にもとづき検証するといった、演繹的方法を用いるためのデータも整備されていない(吉田 2016)ため、個別の事例にあたることが必要不可欠となる。本研究では社会的・歴史的リアリティの側面を照らし出すことを可能にする、生活史法をもちいる。

【5】結果と考察
 中部地区に居住する障害のある女性に対し、これまでに経験した出来事、困難や不利益について、生活史を軸として尋ねる聴きとり調査から得られたデータを用いる。

【6】研究倫理審査
 本報告は「障害女性をめぐる差別構造への「交差性」概念を用いたアプローチ」(代表者:土屋葉、16K04114)の成果の一部である。この研究は愛知大学・人を対象とする研究に関する倫理審査委員会の承認(人倫承2016-04)を得て調査活動を行っている。調査実施の際には、途中で中止することも可能であること、調査結果はすべて関係者のみが扱い、公表の際には個人特定ができないように配慮・処理すること等を説明し、同意書に署名をいただいている。

【注】
 「障害女性」とはひとまず「障害および社会的障壁により、日常生活又は社会生活に制限を受ける状態にある」女性とする。対象者を選定する際には、便宜上「身体障害」「知的障害」「精神障害」「その他(発達障害・難病等)」に分類した。

【文献】
Crenshaw,K., 1991, “Mapping the Margins: Intersectionality, Identity Politics and Violence against Women of Color”, Sanford Law Journal, 43(6), 1241-1499.
瀬山紀子, 2014, 「障害女性の複合差別の課題化はどこまで進んだか」『国際女性』28,11-28.
Söder, M. 2009, “Tensions, Perspectives and Themes in Disability Studies,” Scandinavian Journal of Disability Research, 11(2), 67-81
Thomas,C., 1997, “The baby and the bath water: disabled women and motherhood in social context. ” Sociology of Health and Illness, 19(5) ,622-643.
臼井久実子,2016,「日本の法制度と障害女性の複合差別:障害者権利条約の国内法への要請」『ジェンダー法研究』3,153-171.
吉田仁美,2016,「障害者ジェンダー統計:日本の現状と課題」『ジェンダー法研究』3,181-189.優生手術に対する謝罪を求める会編2003,『優生保護法が犯した罪』現代書館.