ポスター報告 23

平島 朝子 (ひらしま あさこ)
東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コース修士課程

#報告題目

「何にも力のない母親達」と障害児の1970年代史
: たんぽぽ運動の言説分析―

#報告キーワード

障害者運動 / 母親 / 言説分析

#報告要旨

 発表者は、奈良たんぽぽの会によってすすめられてきたたんぽぽ運動に注目し、1970年代を中心としてその会報、インタビューデータ等の言説分析を行う。たんぽぽ運動は、「からだの不自由な子どもを持つ母親たちと、これを応援する人々が“たんぽぽの会”を結成し、重度のからだの不自由な人達の自立と仕事ができて“生きがい”の場となるような“たんぽぽの家”づくりをめざして」11973年4月29日に立ち上がった。それは20名に満たない「何にも力のない母親達」2と賛同者によって手探りではじめられたものであった。街頭募金といった地道な活動の他に、障害児のつくった詩をフォークソングにのせて発表する「わたぼうしコンサート」の開催など、創意ある方法を展開することによってその規模を拡大し、1976年には全国に3000名を超える支援者を持つ運動体へと成長した。本研究は、たんぽぽ運動を社会運動と捉え、そこにおける問題のフレーミング、資源動員の方法等を記述するとともに、言説分析を通じて運動における意味世界の変化を再構成する。
 なかでも、たんぽぽ運動が障害児の母親たちによってすすめられてきたことに着目し、「母親」の意味付けの変化と運動における位置づけを分析する。「何にも力のない母親達」はいかなる活動を展開し、その「無力さ」や「母親」としての立場をどう意味づけて行ったのか。その際、親の愛の否定を唱えた自立生活運動との比較を行う。自立生活運動は、親の愛を思い切って否定し、脱家族・脱施設を目指したものであった。また、自立生活運動の研究では「親、とくに母親が自分を子供につなぎとめ、子供のためにすべてをやってあげようとする」3ような親の在り方が示されてきた。一方でたんぽぽ運動は親の手による、これまでの施設とはちがう「家」と福祉風土づくりの運動である。たんぽぽ運動の主張や社会観は、自立生活運動と共通する部分がある一方、親子の在り方や自立の捉え方という点で大きく異なる。親子、家族や自立に注目して、自立生活運動との比較の中でたんぽぽ運動を記述することにより、たんぽぽ運動が提示する1970年代像がより明瞭に浮かび上がってくるだろう。

倫理的配慮として、本報告に際し、奈良たんぽぽの会をはじめとする関係組織を擁する「たんぽぽの家」に趣旨説明を行い、学会発表の許可をいただいた。

1 「たんぽぽ」第五号 1974年11月5日 四頁
2 「たんぽぽ」第1号 1973年8月10日 一頁 
3 立岩真也,尾中文哉,岡原正幸,安積純子(2012)『生の技法[第3版] 家と施設を出て暮らす障害者の社会学』p.131

その他参考文献:
「たんぽぽ」の運動を記録する会 編.1990.『花になれ 風になれ 「たんぽぽ」の運動16年の記録―ネットワーキングの奇跡―』