早野 禎二 (はやの ていじ)
東海学園大学
#報告題目
「精神障害者文化」に関する考察
: 「気遣い」と「優しさ」の文化
#キーワード
精神障害者文化 / 「優しさ」
#報告要旨
本報告では、精神障害者には、「気遣い」と「優しさ」の「精神障害者文化」があり、それが、どのようなプロセスで形成されてくるのかを述べ、そのような文化が持つ意味を論じていきたい。
報告者は、精神障害者の「気遣い」と「優しさ」の文化は、つぎのようなプロセスの中で形成されてくると考える。人は社会で生活していく上で、様々な役割を持っているが、それは「ペルソナ」(仮面)をつけて生きていくことでもある。それぞれの場面で「職場での顔」「家庭での顔」などふさわしい「ペルソナ」を被ることによって人は社会生活に適応していくことができる。また、人は、自分と外部の境に「膜」のようなものを持ち、その「膜」があることによって、他者が過剰に自己に侵入してくるのを防御し、感情の過剰な表出を抑え、社会生活を送ることができる。
しかし、精神障害者は自分と外部の間の「膜」が弱く、薄いために、人と接触する場面で他者が自分の中に過剰に入ってくるという緊張と不安にさらされ、感情を露出してしまう。その結果、その場に適切な「ペルソナ」でもって振舞うことができず、トラブルが生じてしまうのではないかと考えられる。職場などでは、過度の感情の露出は、ふさわしくないものとされ、感情をコントロールし、適切な役割遂行を求められる。しかし、精神障害者は、このようなことを苦手としている人が多く、職場での仕事の継続を困難にしている一つの理由となっているのではないかと考える。
しかし、このような面はマイナスばかりではなく、「膜」の薄さは他者が思っていることを敏感にキャッチすることを可能にし、他者に対する「気遣い」や「優しさ」の源ともなる。「弱さ」が「優しさ」となる文化を精神障害者は持っていると報告者は考える。
このような「気遣い」と「優しさ」の「精神障害者文化」は、現在の競争社会、成長路線の経済社会の中で疲弊し「生きづらさ」を抱えている人々―精神障害者のみならず、健常者も含めて、この時代を生きる人々―の心を和らげ、周りの人との関係や、現在の支配的な価値観を見直す機会をもたらす。
報告者は、このような「精神障害者文化」は、「精神障害者」と「健常者」という枠にとらわれない新たな人と人との共生文化を地域の中で作っていく潜在的な可能性を持っており、現在の支配的な価値観とは異なる新しい価値観に基づく社会の形成につながっていくのではないかと考える。
倫理的配慮について
本報告は作業所の福祉職員からのヒアリングに基づいて、報告者が理論仮説化を試みたものである。福祉職員の話は、経験に基づく一般的なレベルのものであり、個人あるいは作業所が特定されるような内容は含まれていない。