ポスター報告 10

寺口 季 (てらぐち とき)
大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程

#報告題目

「強度行動障害」者に対するケアのあり方に対する一考察

#報告キーワード

強度行動障害 / 入所施設(コロニー) / 参与観察

#報告要旨

1.背景
 2016年7月26日、近代最大ともいえる殺傷事件が起こった。神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」において、26歳の元施設職員が深夜の手薄な人員配置を狙って犯行に及び、19人の利用者が殺傷され、職員を含めた26人が重軽傷を負った。津久井やまゆり園は、入所定員160名、重度・重複障害、強度行動障害、医療的ケア等が必要な知的障害がある方も多く入居していた。犯人が犯行前に衆議院議長に送った手紙からは、これらの意思疎通の困難な重度知的障害者を対象とした犯行であったことが伺える。この事件を受けて、厚生労働省は再発防止のために、精神障害者の措置入院後の継続支援と、社会福祉施設の職場環境の整備を主たる対策としてまとめた(厚生労働省2016)。メディアでも大きく取り上げられた優性思想に基づく犯人の犯行動機や、犯行の残虐性とは対照的に、保護者に考慮した被害者の匿名報道が背景の一因となり、加害者側の議論が集中した。しかし、地域から孤立した場所での施設生活を強いられた入所者、つまり、被害者に関する議論は不十分であるといえる。集合施設という環境そのものが事件を引き起こした一因であるという指摘もみられるものの、「なぜ彼らは施設で生活しなければならなかったのか?」(渡邉2016)という問に対して、議論の余地は十分に残されている。
 また、障害学はこれまで「重度知的障害者の包摂」という未解決の課題を抱えてきた。星加(2003)は、障害学の基本理論となる社会モデルの限界として、ディスアビリティの解消におけるディスアビリティの更新を挙げ、障害者内部における新たな選別を示唆している。田中(2008)は、インペアメントの軽視を批判の中心に置いた上で、知的障害者の〈痛み〉のリアリティを理論構築に包摂する必要があると指摘している。自らの主張が難しいとされる重度知的障害者の支援現場を考察することは、地域移行対策が直面している重度化の課題、障害学が抱える理論的限界双方に貢献するものとなるのではないだろうか。

2.目的
 入所施設における、強度行動障害のある人々に対するケアのあり方を明らかにすることである。これまでの大規模施設に対する批判を踏まえた上で、管理・統制による権利侵害に回収されない「環境の調整」を明らかにし、地域生活でも実行可能な支援を検討していく。

3.調査概要
 参与観察調査の対象となるのは、障害者支援施設X(以下、施設X)に勤務する職員、および利用者の相互のやりとりである。施設Xは、1970年代の「コロニー・ブーム」に建てられたかつての地方コロニーの敷地内にある。現在は建物の改修が行われ、コロニー解体後の民間運営の施設であるが、利用者の大部分は都道府県が運営するコロニーとして入所してきた方たちである。
 2017年6月~9月(予定)に観察調査を実施した。報告者は「見学者」として、英勝也日中活動の場に同行させていただいている。現場では職員と利用者の相互作用や職員同士の会話の観察と、報告者から職員へのヒアリングをメモにとり、後にフィールドノーツを作成した。本研究は、対象者に説明を行った上で、プライバシーの保護に遵守した。特に、利用者の障害特性や成育歴など、個人を特定する情報は対象とせず、施設内で発生している職員との相互作用を中心に収集・分析を行っている。大阪大学倫理審査委員会の指導・承認を受けている。

4.結果
 結果及び考察は当日会場で報告する。

参考文献
星加良司、2003、「“障害の社会モデル”再考-ディスアビリティの解消という戦略の規範性についてー」『ソシオゴロス』27、54-70 .
厚生労働省 相模原市の障害者支援施設における 事件の検証及び再発防止策検討チーム、2016、「報告書 ~再発防止策の提言~ 」.
田中耕一郎、2008、「社会モデルは〈知的障害者〉を包摂し得たか」『障害学研究』3、34-62.