伊芸 研吾 (いげい けんご)
国際協力機構研究所
#報告題目
障害平等研修による「心のバリアフリー」推進に関する実態調査
#報告キーワード
障害平等研修 / 障害の社会モデル / 実証分析
#報告要旨
NPO法人障害平等研修フォーラムは障害平等研修(Disability Equality Training: DET)を通して社会にある障害を取り除き、障害者の社会参加を促進することを目的としている。
DETは「障害の社会モデル」を基礎として、「障害者」自身がファシリテーター(障害をめぐる対話の進行役)となって進めるワークショップ型の研修で、受講者は対話を通じた「発見」を積み重ね、差別や排除など、社会のなかにある様々な「障害」を見抜く力を獲得していく。
そして、障害を解決するための行動を形成することを目的としている(理論的背景など詳細についてはギャレスピー=セルズ・キャンベル(2005)や久野(2017)を参照のこと)。
実際、これまでの受講者のアンケート結果を見ると、「障害理解が変わった」という意見が非常に多い。
研修受講前は、障害を「困難なこと」「何かができないこと」と障害者個人の問題として捉える人が多いが、研修後は「社会が作り出したもの」、「社会による差別や排除」と考える人が多く、確かに、障害を捉える視点が「個人」から「社会」に変わっている。
この思考的転換がないと「障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務」であるという「障害の社会モデル」の意味を理解することは難しいと考えられる。
また、DETは、障害者がファシリテーターとなり実施する研修なので、研修自体が障害者の活躍の場であり、また障害者との交流の場でもある。
そして、社会に存在する物理的、制度的、慣行的、観念的な障壁を発見し、軽減するために自分に何ができるかを考える。
意識の障壁を軽減することは、そのまま「心のバリアフリー」促進に繋がると考える。
日本では、2016年4月から障害者差別解消法が実施され、また2020年にはオリンピック・パラリンピックが開催される。
一方で、社会の中の障害を理解し、解決のために行動している人や団体は、まだ少ないのが現状である。
ロンドンオリンピック・パラリンピック開催時には、多くのボランティアを対象にDETが実施され、大会は国際的にも高い評価を受けている。
日本でもオリンピック・パラリンピックを成功させ、障害者の社会参加を継続して実現していくためにも、「障害の社会モデル」を分かりやすく理解できるDETの実施が求められているはずである。
障害平等研修フォーラムは2013年の設立後、2016年度だけでも仙台、群馬、東京、名古屋、大阪、長崎、沖縄など全国で合計174回のDETを実施し、2,881人が受講した。
DETのさらなる普及のためには、研修の効果を明確に示すことがあるが、これまでDETの効果について体系的な調査が実施されることがなかった。
そのような状況下で、障害平等研修フォーラムは、2017年2月に実施された「平成28年度オリンピック・パラリンピック基本方針推進調査」(内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局委託事業)の試行プロジェクトの一つに採択され、その中でDETの効果に関する実態調査を行った。
本調査の結果は、他の試行プロジェクトと共に一つの報告書にまとめられている(日本リサーチセンター, 2017)。
本学会では本報告書に基づき、DETの効果について報告を行う(報告者は本調査の定量分析のパートと全体のとりまとめを担当し、障害平等研修フォーラムより研究報告の承諾を得ている)。
本調査は、DETの意識変容の効果に関する定量分析とDETの行動形成の効果に関する定性分析の二つの分析から構成されている。
定量分析では、2017年2月に実施された3回のDET(参加者合計136名)においてDETの前後に質問紙調査を行い、収集したデータをもとに分析を行った。
その結果、障害理解(障害の社会モデルの視点の獲得)や行動理解(社会をよりインクルーシブに変えようとする行動の理解)、障害者のイメージや交流意欲について、DETが統計的に有意な変化をもたらしたことが分かった。
定性分析では、過去にDETに参加してから一定期間を経過している7機関・団体9名へインタビュー調査を行った。
これにより、DET実施後、組織の事業に関する行動(顧客窓口における車いす設置の拡充や動線の整備など)や組織内の行動(障害者が利用しやすい職場環境の整備など)、自分自身が障害の解決の主体となる行動(商店街や公共交通機関への日常的な働きかけなど)の点において、行動形成されたことが分かった。
これらの結果から、DETの成果が単に知識に留まるのではなく、障害の解決に向けた具体的な行動につながることが明らかになり、心のバリアフリーに向けた取り組みとして有効な研修といえると考えられる。
参考文献
キャス・ギャレスピー=セルズ・ジェーン・キャンベル.(2005).『障害者自身が指導する権利・平等と差別を学ぶ研修ガイド』. 明石書店.
久野研二. (2017).「障害平等研修(DET)」. 異文化間教育 Vol.45, pp.9-18.
日本リサーチセンター. (2017).「平成28年度オリンピック・パラリンピック基本方針推進調査(ユニバーサルデザインの社会づくりに向けた調査)報告書」. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/udsuisin/pdf/201703_hokoku.pdf.