ポスター報告 21

原田 琢也 (はらだ たくや) 
金城学院大学 

#報告題目

イギリスの特別なニーズ教育制度とその実践
: ロンドン・ニューアム区の事例を中心に

#報告キーワード

インクルーシブ教育 / 特別なニーズ教育 / 特別支援教育 

#報告要旨

1. 問題の所在
 2012年7月,中央教育審議会初等中等教育分科会・特別支援教育のあり方に関する特別委員会は,「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」をまとめ,日本が今後インクルーシブ教育へと向かうことを提言した。しかし,報告では,従来の特別支援教育を漸進的に発展させることでインクルーシブ教育に向かうことができるとされ,従来の方向性を踏襲することが確認された。
 ところで,日本の特別支援教育においては,次のような問題が指摘されている。一つは,2007年の特別支援教育の制度化を契機として,特別支援学校・特別支援学級・通級指導を受ける子どもの数が急増していることである。もう一つは,子どもが表す学習・行動上の課題のうち,社会・文化・経済的要因,あるいは家庭環境的要因からもたらされる課題が発達障害として渾然一体となって把握されることにより,社会的問題が医療的問題へと転換されつつあることである。
 これらの問題を解決するためには,日本の特別支援教育の基底にある,生物学的な意味における障害(インペアメント)の有無で子どもを類型化する「二元論」,通常学級在籍を原則とすることなく,障害の程度に応じて子どもを積極的に特別な学びの場に配置しようとする「分離主義」という二つの原則を,再考する必要がある。

2. 研究の目的と方法
 本研究の目的は,先進事例としてイギリスの特別なニーズ教育制度とそれに基づく学校の実践の特質を明らかにすることを通して,これらの問題解決に向けての示唆を得ることにある。この目的を達成するために,文献を通してイギリスの特別なニーズ教育制度を精査するとともに,イギリスの学校でフィールド調査を行った。

3. 研究成果

3.1. イギリスの特別なニーズ教育制度
 1982年トムリンソン(Tomlinson, S)は,現在の日本とよく似た問題状況を指摘していた。それは,1970年代から1980年代のイギリスにおいて総合制学校が普及する際に,日本の「発達障害」に相当するような「中度学習困難」(ESN-M)や「情緒障害」(Maladjusted)などの障害カテゴリーが,労働者階級の子どもたちで占められていたという事実である。同時期に,ウォーノック(Warnock, M)は,以下の3点を主張している。それらは,①医学的視点からの障害のカテゴリーは,子どもが必要としている教育と対応していないこと。②それは障害を子どもの側の要因としてのみ捉えていること。③障害のあるなしは,明確に区分されるのもでなく連続的なものであることである(Warnock 1978)。そして,1981年教育法では,「特別な教育的にニーズ」(Special Educational Needs: SEN)という枠組で子どもの課題を把握することが確認された。「特別な教育的ニーズ」は,「特別な教育的手だて」(special educational provision)を必要とするほどに「学習における困難さ」(a learning difficulty)があるならば,その子どもは「特別な教育的ニーズ」を有するとされた。

3.2. ニューアム区の実践
 ニュアーム区の6校のフィールド調査からは,以下のような特徴が見いだされた。①各校に専門的な設備やスタッフが配置され,個のニーズに応えるための多様な学習機会が用意されている。②多様な学習機会が用意されつつも,インクルーシブ教育があくまでも通常学級での学びを基本とする,すべての子どもを対象とした教育的営為として位置づけられている。③個を集団につなぎ止め,集団での活動を介して個をエンパワー(empower)しようとしている。④多機関・多職種連携が進んでいる。⑤インクルーシブ教育の取組が区行政のイニシャチブのもとで一体的に進められている。

4. 結び
 日本の文科省の提言にも見られる「連続性のある多様な学びの場」「域内の教育資源の組合せ(スクールクラスター)」「チーム学校」という方法については,ニューアムの学校では,それらをたいへん進んだ形で観察することできた。そういう意味では,日本のインクルーシブ教育はイギリスの方法を模倣しようとしていると言える。
 しかし,障害の有無に関わらず,すべての子どもを通常学級に在籍させることを基本としつつ包摂しようとする,制度の基底にある方向性は大きく異なっており,それは実践に大きな差異を生み出していた。
 本研究では,個人のプライバシーに関わるデータは使用しない。また,各フィールド校から調査結果を公開する旨,予め許可を得ている。その他,研究倫理を遵守する。

〈文献〉
Tomlinson,Sally,1982, Educational Subnormality: A Study in Decision Making, London, Routled & Kegan Paul
Warnock, Mary, 1978, Special Educational NeedsS:Report of the Committee of Enquiry into the Education of Handicapped Children and Young People, London Her Majesty’s Stationery Office