大岡 由佳 （おおおか ゆうか）
武庫川女子大学
山田嘉則（やまだ よしのり）
クリニックちえのわ
#報告題目
トラウマ・インフォームド・ケアの射程ートラウマ理解に基づく人-地域-社会とは？
#報告キーワード
トラウマ･インフォームド・ケア（ＴＩＣ） / トラウマ体験 / 精神障害
#報告要旨
欧米でトラウマ・インフォームドケア（Trauma Informed Care ,TIC）が医療・福祉・教育などの分野で注目を集めている。日本でも限定的な文脈ではあるが最近ようやく言及されるようになって来た。報告者らは自身の実践や教育でTICの実装を目指している。だがTICは「新しい精神保健サービス」ではなく、それを遥かに超える射程を持つ。当報告ではTICを精神障害の社会モデルと関係づけて考察し、その射程の一端を明らかにすることを目指す。
精神障害者（注）の多くが過去現在のトラウマの影響のもとにあることが近年明らかになってきた。「トラウマを超えて生きる人」をサバイバーと呼べるなら、精神障害者もまたサバイバーである。それを踏まえ、すべての精神保健サービスはトラウマ理解に基づいて構成されなければならない。TICはそれを指す言葉である。従来、支援を求めるサバイバーは”What’s wrong with you?”と問われた。一方、TICでは”What happened to you?”と問う。
ここには次のようなTICの基本思想がある。
「悪いこと」は「あなた」の内ではなく外にある。その「悪いこと」はトラウマ体験となった出来事である、「悪い」のはあなたではない、「おかしい」のはあなたではなく（仮にそう見える何かがあっても）大事なことはあなたが何を体験しそれをどう生き延びてきたかである。
TICは障害の社会モデルと親和性がある。問題が個人の内ではなく外にある、という理解は、ナラティブ・セラピーで言う「問題の外部化」を超えて「個人でなく社会が問題である」とする社会モデルに接近している。以下のように、トラウマへの着目は精神障害の社会モデルに寄与する。
精神障害者の多くにはACE（子ども時代の有害な体験）をはじめとするトラウマ体験がある。「症状」と言われるものの多くは、「異常な」体験に対する「正常な」反応である。それに加えて、精神障害者に対する社会的排除は、たとえば身体障害者のそれとは異質である。制度的差別（structural disablism）に加えて心理感情的差別（psycho-emotional disablism）が精神障害者には作用する。これがトラウマとしてさらなる苦痛をもたらす。ここでのインペアメントディスアビリティの関係はあたかも表裏がつながるメビウスの帯のようである（Reeve 2012）。
そして重要なのはトラウマが社会的事象であることだ。トラウマとなる出来事の背景には圧倒的なパワーの不均衡がある。自然災害では自然対人間であるが、対人暴力によるトラウマの背景には支配被支配関係がある。そして後者は前者より影響が大きいとされる。
TICでは、トラウマ理解をもとに、支援者とサバイバー、支援者相互の対等な関係が目指される。現在の精神医療に存在する専門職・非専門職・サバイバーのヒエラルキーはさらなるdisablism、さらなるトラウマをもたらすが、ＴＩＣでは、そのあり方の根本的な転換が求められるのだ。
さらに、文化、歴史、ジェンダーの問題に取り組むことがTICの課題として挙げられる（SAMHSA 2014）。すなわち、少数民族、女性やLGBT、そして障害者などの抑圧されるマイノリティへの配慮である。支配・抑圧のあるところトラウマがある。そしてトラウマは連鎖し世代を超えて伝わる。この歴史的トラウマの視点を持つことで、TICは個人あるいは個別の障害を超え、支援を広く社会に開いていく。それが目指すのはトラウマ・インフォームドな社会である。
本報告では、文献等ですでに公表された事例をTICの観点から再分析する。すなわち、トラウマ体験に焦点を当て、それを理解した上でどのような対応が可能であったか検証する。その上で、トラウマインフォームドな社会について考察したい。
倫理的配慮：
本研究は日本社会福祉学会の研究倫理指針を参照し、引用などについて、必要な倫理的配慮を行なっている。
注：
文中「精神障害」「精神障害者」の語を用いているが、「心理社会的障害」「精神医療ユーザー・サバイバー」などの呼称が提起されていること、ユーザーサバイバー運動の一部には「障害」（disalibity）という語を拒む当事者も存在することを記しておく。
参考文献：
Reeves,D. (2012) . Psycho-Emotional Disablism In The Lives Of People Experiencing Mental Distress