ポスター報告 11

神部 雅子 (かんべ まさこ)
北星学園大学大学院社会福祉学研究科社会福祉学専攻 博士〔後期〕課程

#報告題目

知的障害者の当事者活動における権利意識の醸成過程

#報告キーワード

知的障害者 / 権利意識 / 当事者活動

#報告要旨

1.はじめに
 近年、障害者権利条約の批准や、差別解消法の制定など障害者の権利に関する社会的な整備が行われている。当事者が合理的配慮を求めることが認められたとはいえ、知的障害者が自身の権利を訴えることは容易ではない。しかし、中には権利意識を持ち、積極的に当事者活動に参加している知的障害者もいる。
 では、知的障害者の権利意識とはどのように醸成されていくのだろうか。
 権利意識の醸成の過程の中では権利観念を持ち、それに適合しない現実に対する怒りを持つことが必要である。しかし、多くの社会的排除にさらされ、限定的な環境の中で生活してきた彼らが、権利を主張するに至るまでには、本人の意識や環境の変革を促す働きかけ、そしてそれを支えた支援環境があると考えられる。また、それは個々の障害者の幼少期からの経験の中にあり、権利意識はその経験の中で変容して行くのではないかと考えられる。中でも、知的障害者は情報を得ることを含めた意思決定支援を必要とするため、周囲にいる家族や家族以外の支援者がどのような支援を提供するか、また同じ障害をもつ仲間との交流の有無にも、その意思決定は大きく左右される。
 知的障害者が自身の権利について学び、権利意識を持つに至る方法として考えられるのは、ピアカウンセリングである。また、知的障害者たちが権利を主張していく運動としてセルフ・アドボカシー運動がある。
 ピアカウンセリングとは、同じ立場の者同士で行われるカウンセリングであり、その目的のひとつが自己信頼の回復である。自己信頼の回復のためには、自分が何を望み、何を必要としているのかを知る目標の明確化が求められている(安積1992、21)。そして、目標の明確化の結果として悩みの根源にある問題を行政に訴えていくなど、ピアカウンセリングは自立や次のステップへの転換点として大きな役割を果たしている(中西1992、17)。
 また、セルフ・アドボカシーとは、自身や他の知的障害者のために、知的障害者に影響を与える問題のために主張し、行動することであり、そのためには一人ひとりの障害者が自分自身を尊重することや自信を持つことを学び、また、自分たちの権利やニーズを知ることを学ぶ必要がある(Poul=1999:121)。
 このような権利擁護に関する活動を積極的に行っているのが当時者活動組織である。
 本研究では、当事者活動をしている知的障害者とその支援者へのインタビュー調査をもとに、それぞれの立場から語られる当時者活動の経験から、知的障害者の権利意識が醸成される過程について明らかにする。

2.研究方法
 本研究では調査対象者を当事者活動に参加している知的障害者本人と支援者とし、先ず、知的障害者本人のライフヒストリーの作成を通して、権利意識を醸成する過程について明らかにする。また、支援者に対しては、当事者活動の支援に関わるきっかけや、必要な支援をどのように考えているか等のインタビューを通して、支援者との関係が権利意識の醸成にどのように影響しているかを考察する。
 調査協力者はA会の会員であるB氏、C氏、長年A会の支援をしているD氏である。インタビュー実施時期は、B氏は2016年9月、2017年1月の2回、C氏は2016年12月、D氏は2017年5月である。インタビュー時間はB氏1回目が約80分、2回目が約60分、C氏約80分、D氏約130分である。本報告では、特に当事者活動の経験に焦点を当てる。インタビュー結果は逐語録に起こし、佐藤(2002年、2008年)の質的分析法を参照しつつ、コーディングを行ったうえで分析を加えた。
 本研究は日本社会福祉学会研究倫理指針に従っている。調査協力者には調査の目的・概要について口頭と文書で説明し、協力の承諾を得た。また、倫理的配慮について説明し同意を得ている。

3.調査結果と分析
 2名の当時者へのインタビューから、当時者活動への参加のきっかけを作った「支援者の声かけ」があった。そして、当事者活動の中で仲間との活動や海外の当事者活動との出会いにより「衝撃を受ける」経験をしている。また、活動を継続していく中で「役割を担う」ことや、「活動や学びの積み重ね」につながっている。
 一方、支援者は「本人の思いを聴く」ことで「衝撃を受ける」経験が当事者活動の支援をすることにつながっている。さらに、この経験が支援者の価値観の変化につながり、支援者も支援の中で海外の本人活動に触れ「学び」、影響を受けている。このように、知的障害者と支援者は当事者活動の経験を共有する中で、互いに影響を与え合いながら、その権利意識や価値観を変容させていくことが考えられる。これらの調査結果と分析の詳細は、当日のポスター及び配布資料にて報告する。

文献
立岩真也編(1992)「自立生活への鍵―ピア・カウンセリングの研究―」
Poul Williams and Bonnie Shoults(1991)WE CAN SPEAK FOR OURSELVES-Self-Advocacy by Mentally Handicapped people、Souvenir press.(=1999、中園康夫監訳『セルフアドボカシーの起源とその本質』ふくろう出版.)